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なんか、今まで大事な話はあまり父親とはしてこなかったが、
そんなふうに父に接していた自分を反省した。
結婚の挨拶をした次の日、久しぶりにゴルフでも練習しようと思って、庭にある打ちっ放しで思いっきり打った途端、
ボールが鉄筋に当たり、跳ね返って家のドアのガラスを割ってしまった。(ドアは開いていたため二枚破り…。)
その時、父は「おいおい」と言ったぐらいで、他には何も言わずにすぐにその後片付けに取り掛かかった。
私もほうきを持ってきて割れたガラスを集めて掃いていた。
すると、父がどこからかアクリル板を持ってきた。
どうやらそれをガラスの代わりにしようということらしい。
私も飛び散ったガラスを拾いながら、それを手伝った。
こんなふうに父の手伝いをしたことが今までにあっただろうか…。
私はふと思った。
考えれば考えるほど、ないように思えた。
本当に、自分は親不孝者だと反省した。
急きょアクリル板で埋め合わせをしたドアは、
結局父が寸法を間違え、はめてみるとスカスカだった。
ドア枠にはめ込む部分を、ちゃんと測らずに適当に勘でとっていたのだ。
そりゃそうなるだろうに…。
私がゲラゲラ笑っていると、通りがかった母がその様子を見て、
「父さんはいつも適当なんだからっ」とあきれた様子で言いながら去っていった。
そういえば、お風呂のドアとか、家の屋根とかを父が直したときも、
なぜかいつもどこかに不備があった。
何でもけっこういろいろ自分でやる父だけど、
ふと手を見れば、ドラえもんみたい…。
実はすごく不器用なんだと、この日初めて気が付いた。
不器用なところは似なくてよかったけれども、適当なところは父親譲りだったのかぁ・・・。
「父」との遭遇だった。。
もう二十何年、今さらこんなことを思うのは遅いと思うが、
あまり大したことを口に出さない父けれど、父といたあの一時でいろいろなものが伝わってきたように思う。
9月初旬、私の初めての学生で、一から日本語を教えた学生が、ついに日本へ留学にやってきた。
そんな日が本当に来るなんて・・・日本で彼らに会えるなんて・・・、
そんなことは、4年前には想像もできなかったことだ。
日本へ来て二週間ほどが過ぎ、彼らが少し落ち着いた頃、私にまた電話をくれた。
「先生!私たちの家にぜひ遊びに来てください!ごちそうします!!」
私は引っ越し祝いとして、私が以前使っていた掃除機を持っていった。
午前10時半。彼らのアパートに着くと、彼らの作った料理がすでに小さなテーブルに並んでいた。
中国だったらごく普通の家庭料理で、とても簡単に作れるものばかりだが、
ここではなかなかそうもいかない。
例えば油。
「先生、油はどこに売っていますか?」
「え?油?油なんてスーパーに行けば売っているでしょう?」
「買いに行きましたが、どこを探してもありませんでした。」
そんなはずはない。一緒にお店について行き、私はすぐに油を見つけ、
「ほら、ここにあるでしょ~」と言うと、
「これ、油ですか!?」
そう、彼らにとってイメージする油とは、あの大きいタンクに入った油である。
日本だったら、一人で生活していて2年は確実にもつのではないかと思われるぐらいの量だ。
彼らにとってはここで油一つ買うのも一苦労だ。
「木須柿子」=トマトと卵の炒めものだが、これも中国の家庭ではよく作られる。
私が初めて中国でこれを食べたときは、トマトと卵を一緒に炒めることにちょっとびっくりしたが(でもイタリア料理で考えれば何にも珍しくないはずだが…)、
一口食べてみると、「うまい!!」。
トマトと卵、意外な取り合わせで絶妙なうまさをかもし出していた。
それ以来お気に入りの料理の一つとなり、学校の食堂でもいつもこれを食べていた。
日本ではちょっとお行儀の悪い食べ方だが(でもみんなそのうまさを知っている)、
最後に残った汁をご飯にかけて食べると、もう他には何も要らない。心も体も充実感に浸ることができる。
中国ではあんなに安く簡単に作れる料理だが、日本では・・・トマトが非常に高い。
みんな私がこれが好きだと知っているから、トマトの値段にカルチャーショックを受けながらも無理して買ってきてくれたんだなぁと涙が出そうになった。
他の料理も皆おいしかった。
私のために作ってくれた料理。
みんな初めての一人暮らしで料理を作ったこともあまりないから、たしかに見た目はあまり上手とは言えないかもしれないけど、
でもどのおいしいお店で食べたものよりも、彼らの作った料理のほうが、本当に格別においしかった。
料理に人の気持ちが入るってのは本当なんだなぁと改めて思った。
話を聞いていると、もう日本語を4年習っているとは言えども、やはり日本に来てみるといろいろなカルチャーショックが待っていたようだ。
彼らの部屋にはまだテレビがない。私が「まだテレビは買わないの?」と聞くと、
「一度バザーで200円のテレビを買いました。でも買って15分で一本の線になりました。」
・・・一本の線。。。
おわかりだろうか。そう、テレビを消した瞬間、最後一本の線になって消えていくが、
消してもないのに、見ていたらそんな状態になってしまったというのだ。購入してたったの15分で…。
しかし画面は一本の線になってしまったものの、音は普通に出ていたそうだが、
さすが200円のテレビ・・・。
結局、返品したそうだ。
後に残ったのはほろ苦い経験だけ。
それは、私は200円のテレビより価値があると思う。
三歩進んだと思っても、いつも思わぬところで二歩下がることになる。
でも、一歩は着実に進んで行っている。
それでいいと思う。
彼らの新しい生活はまだまだ始まったばかりだ。
明日はどんな日がやってくるのだろうか。
きっと、また一歩前進するに違いない。